[아오야마 칼럼] 와타나베 마유 (渡辺麻友) - 연예계 은퇴, AKB48의 한 시대가 지나간다

기사승인 2020.06.02  12:15:24

공유

[토시키 아오야마] 전 AKB48의 멤버이자 여배우인 와타나베 마유(26)가 연예계를 은퇴했다고 1일, 소속 사무소 프로덕션 오기가 발표했다.

소속사 사이트에서는 와타나베 마유 계약 종료 소식이라며 "이번에 와타나베 마유로부터 건강상의 이유로 연예활동을 계속하기 어렵다는 제의가 들어왔고, 수년에 걸쳐 컨디션이 좋지 않아, 지금까지 협의를 거듭해 왔지만, 건강상의 이유로 인해 신체에 대한 것을 최우선으로 생각해 본인의 의사를 존중해 2020년 5월 31일을 기해 프로덕션 오기와의 계약을 종료, 예능 활동에도 종지부를 찍게 되었다"라고 계약 종료 및 연예계 은퇴를 발표했다.

(C)Toshiki Aoyama

이어 "연예 활동을 끝내고 심신의 회복을 도모해 보통의 생활로 돌아갈 수 있도록 건강면을 최우선시 하고 싶기 때문에, 본인에 대한 취재나 억측으로 SNS투고, 기사 게재 등을 삼가해 주실 것을 간곡히 부탁 드립니다"라고 각 미디어에 대해서도 호소하고 있다.

와타나베 마유의 연예계 은퇴 발표는 원조 카미7 OG에도 충격을 줬다.

타카하시 미나미는, 자신이 퍼스낼리티를 맡는 TOKYO FM "타카하시 미나미의 "지금부터, 뭐 할래?"의 생방송에 출연해 와타나베의 소식에 대해 "같은 사무소이므로, 풍문으로 "어쩌면"이라고 하는 것은 귀에 살짝 들어와 있었습니다만, 단지 오늘 이러한 형태로 발표가 될 줄은 몰랐기 때문에, 저 자신도 놀랐습니다"라고 말했다.

이어 와타나베에 대해 "장난기가 있기도 한데, 굉장히 정직하고 성실해요. AKB의 아이돌 시대도, 아이돌로서의 100점을 넘어간다고 할까, 그것은 간단하게 할 수 있는 일이 아니고. 저는 선배입니다만, "이 친구 대단하다"라고 생각했었지요"라고 되돌아 보았다.

코지마 하루나는 와타나베와의 사진을 게재하면서, "AKB48이 아직 세상에 인정받지 못하는 시대부터 함께 계속 걸어 아이돌로서 한번도 모두의 기대를 배반하지 않고 달려 나간 마유짱은, 우리 48 그룹의 자랑입니다. 좀 더 보고 싶었다는 마음은 있습니다만, 마유양이 앞으로 더 행복해지기를 바라고 있습니다"라고 지금까지의 활약을 격려했다.

AKB48 카토 레나는 "오늘은 마유씨와의 추억이나, 이 결심을 할 때까지의 마유씨의 기분을 생각했습니다. 물론 제가 알 수 있는 것은 아니지만, 자주 말을 걸어주고, 장난치며 놀아준 것은 낯을 가리는 저에 대한 다정함이라는 것을 압니다. 외롭지만, 건강한 마유씨를 다시 만날 수 있으면 좋겠습니다"라고 재회를 빌었다.

HKT48의 타나카 미쿠는 트위터에서 "와타나베 마유씨의 뉴스를 보고 깜짝 놀랐습니다..."라고 말문을 열면서, "옛날부터 많은 코믹(타나카와 야부키 나코의 콤비)이라고 귀여워 해주신 선배...정말 친절하게 해주셔서 지금도, 소중히 사진을 가지고 있는 마유짱이 느긋하게 쉴 수 있도록...너무 좋아합니다"라고 감사를 전했다.

와타나베의 "후계자"로서 지명되어 있던 AKB48 오구리 유이는 "마유씨가 건강하고 웃는 얼굴로 행복하기를...계속 쭉 사랑합니다"라고 응원했다.

와타나베를 동경한 것을 계기로, 아이돌을 지망한 사람은 많다. 케야키자카46의 캡틴 스가이 유카도 중학교 시절부터 마유의 빅 팬이었다. 2012년에 도쿄 요미우리 랜드에서 행해진 와타나베 마유의 솔로 이벤트에도 혼자서 참가했다. 또 와타나베를 계기로 아이돌을 목표로 해, 3년 후인 15년 8월에 케야키자카 46에 가입했다. 18년의 블로그에서는 "내 안에서 영원히 동경의 존재입니다!"라고 선언한 바 있다.

현재, 아이즈원으로 활약하는 미야와키 사쿠라에게도 와타나베 마유는 큰 존재였다. AKB48 38번째 싱글 "희망적 후렴"에서, 악곡의 센터 포지션을 미야와키 사쿠라와 와타나베 마유가 맡는 더블 센터가 되었다. 이 작품은, 미야와키 사쿠라에게 있어서 AKB48 첫 센터곡이었으며, 미야와키 사쿠라의 첫센터를 지탱한 것이 와타나베 마유였다.

와타나베는 당시 "AKB48의 역사는 팬 여러분의 지지와 함께 MV와 같이 전력으로 달린 멤버, 그리고 센터의 결과라고 생각합니다. 앞으로도 전력으로 달려가겠습니다"라고 말한 바 있다.

2014년 가을에 처음으로 AKB48의 센터에 발탁된 미야와키 사쿠라는 "처음에 이야기를 들었을 때는, 계속 "무리입니다"라고 말하고 있었습니다"라고 말한 바 있는데, 와타나베는 "지금까지 "누구보다 열심히 노력하고 있구나"라고 생각하고 있었으므로, 사쿠라탄(미야와키의 애칭)의 노력이 보답되어 기뻤다"라고 첫 센터에 선택된 것을 기뻐하며 "당당하게 해내고 있다고 생각합니다"라면서 그녀를 팔로우 했다.

와타나베 마유는 6월 1일 오후 5시, 트위터로 "사적이기는 하지만 5월 31일부로 오랜 세월 신세를 진 프로덕션 오키를 퇴소해, 예능의 일을 떠날 결심을 했습니다. 지금까지 참여해주신 여러분, 응원해주신 여러분, 진심으로 감사드립니다! 세상에서는 아직 힘든 상황이 계속됩니다만, 모두 몸조심하세요"라고 팬들에게 마지막 인사를 했으며, 폐쇄된 자정 전까지 42만 건이 넘는 "좋아요" 외 코멘트도 다수 전해졌다.

(C)Toshiki Aoyama

그와 동시에 그녀의 인스타그램이 폐쇄되고 소속사 등의 공식 홈페이지에서도 이름이 사라졌지만 와타나베 마유는 AKB48 그룹뿐만 아니라 자카 그룹을 비롯한 아이돌 그룹에서도 선망받는 존재로 왕도 아이돌의 상징이었다. 은퇴 후도, 와타나베 마유의 "왕도 아이돌혼"은 아이돌계 전체에 계승되어 갈 것이다.

와타나베 마유 프로필

와타나베 마유는 사이타마현 출신, 1994년 3월 26일생 .2006년에 행해진 제3기 AKB48 오디션에 합격, AKB48에서는 "AKB48 선발 총선거"에서 상위 7위에 랭크 인 한 원조 "가미 7"의 한 명이다. 2012년 싱글 싱크로 설렘으로 솔로 데뷔했으며 2014년 AKB48 제6회 선발 총선거에서 첫 1위를 차지했다. 

2017년 11월 발표된 AKB48 통산 50번째 졸업 싱글 "11월의 앵클렛"에서 센터를 맡고 같은 해 AKB48을 졸업했다. 졸업 후는 여배우, 탤런트로서 활약해, 2019년에는 NHK 연속 TV 소설 "나츠조라"에 출연했다. 그리고 2020년 5월 연예계 은퇴.

元AKB48で女優の渡辺麻友(26)が芸能界を引退した。1日、所属事務所のプロダクション尾木が発表した。

所属事務所のサイトでは「渡辺麻友契約終了のお知らせ」とし、「この度、渡辺麻友より『健康上の理由で芸能活動を続けていくことが難しい』という申し入れがございました。数年に渡り体調が優れず、これまで協議を重ねて参りましたが、健康上の理由でしたので身体の事を最優先に考え、本人の意思を尊重し2020年5月31日をもちましてプロダクション尾木との契約を終了し芸能活動にも終止符を打たせていただくこととなりました」と契約終了及び芸能界引退を発表した。

今後については「芸能活動を終え、心身の回復を図り普通の生活に戻れるよう健康面を最優先させていただきたいので、本人への取材や憶測でのSNS投稿、記事掲載などお控え頂けますよう伏してお願い申し上げます」と各メディアに対しても呼びかけている。

渡辺麻友の芸能界引退発表は、元祖神7のOGにも衝撃を与えた。

高橋みなみは、自身がパーソナリティを務めるTOKYO FM『高橋みなみの「これから、何する?」』(月~木 後1:00)の生放送に出演。リスナーからの質問に答える形で渡辺の話題に触れ「同じ事務所なので、風のうわさで『もしかしたら』っていうのは耳にふわっと入ってきていたんですけど、ただ今日このような形で発表になるとは思っていなかったので、私自身も驚きましたね」と寝耳に水だったと語った。渡辺について、「おちゃめなところもあるんだけど、すっごいまっすぐで真面目なんですよ。AKBのアイドル時代も、アイドルとしての100点を超えていくというか、それって簡単にできることではなくて。私は先輩なんですけど、『すごいなこの人は』って思ってたんですよね」としみじみ振り返った。

小嶋陽菜は渡辺との2ショット写真を掲載し、「AKB48がまだ世の中に認めてもらえない時代から共に歩み続け、アイドルとして一度もみんなの期待を裏切ることなく走り抜けた麻友ちゃんは、私達48グループの誇りです。もう少し見ていたかったなという気持ちはありますが、ゆっくり静養して、麻友ちゃんがこの先もっと幸せになることを願っています」と今までの活躍をねぎらった。

AKB48加藤玲奈は「今日は麻友さんとの思い出や、この決心をするまでの麻友さんの気持ちを考てました。もちろん私にわかる事ではないですが、よく話しかけてくれて、ふざけて遊んでくれたことは人見知りの私への優しさだったことはわかってます。寂しいですが、元気な麻友さんにまたお会い出来ることを願ってます」と再会を祈った。

HKT48の田中美久はツイッターで「渡辺麻友さんのニュースを見てびっくりです…」と切り出し、「昔から沢山なこみく(田中と矢吹奈子のコンビ)ってかわいがって下さった先輩…本当に優しくして下さり今でも、大切に写真をもっています 麻友ちゃんがゆっくり休めますように…大好きです!!」と感謝を伝えた。

渡辺の“後継者”として指名されていたAKB48小栗有以は「まゆさんが元気で笑顔で幸せでありますように。。ずっとずっと大好きです」とエールを送った。

渡辺への憧れをきっかけに、アイドルを志した者は多い。欅坂46のキャプテン菅井友香も、中学時代からまゆゆの大ファンだ。2012年に東京・よみうりランドで行われた渡辺、麻友のソロイベントにも、1人で参加した。渡辺をきっかけにアイドルを目指し、3年後の15年8月に欅坂46に加入した。18年のブログでは「私の中で永遠に憧れの存在です!」と宣言している。

現在、IZ*ONEで活躍する宮脇咲良にとっても渡辺麻友は大きな存在だった。AKB48 38作目のシングル「希望的リフレイン」で、楽曲のセンターポジションは、宮脇咲良と渡辺麻友が務めるダブルセンターとなった。同作は、宮脇咲良にとって、AKB48初センター曲だった。宮脇咲良の初センターを支えたのが、渡辺麻友だった。

渡辺は「AKB48の歴史はファンの皆様の支えに加え、MVのように全力で走ったメンバー、そしてセンターの賜物だと思います。これからも全力で駆け抜けていきます」と当時、語っていた。

2014年秋に初めてAKB48のセンターに大抜擢された宮脇咲良は「最初に話を聞いたときは、ずっと『ムリです』と言っていました」と語っていた。渡辺は、「今まで『誰よりもひたむきに頑張ってるなぁ』と思っていたので、さくらたん(宮脇の愛称)の努力が報われてうれしかった」と初センターに選ばれたことを喜び「堂々とこなしていると思います」とフォローしていた。

渡辺麻友は6月1日午後5時、ツイッターで「私事ではありますが5月31日付けで長年お世話になりましたプロダクション尾木を退所し、芸能のお仕事を離れる運びと致しました。これまで関わって下さった皆様、応援してくださった皆様、誠にありがとうございました! 世間ではまだ大変な状況が続きますが、皆様くれぐれもお身体にはお気をつけ下さい」とファンに最後のあいさつをし、閉鎖された深夜0時前までに42万件を超える「いいね」のほか、コメントも多数寄せられた。

同時にインスタグラムが閉鎖され、所属事務所などの公式ホームページからも名前が消えたが、渡辺麻友は、AKB48グループだけではなく、坂道グループをはじめとするアイドルグループからも憧れられる存在で、王道アイドルの象徴だった。引退後も、渡辺麻友の「王道アイドル魂」はアイドル界全体に引き継がれていくだろう。

渡辺麻友プロフィール:

渡辺麻友は埼玉県出身、1994年3月26日生まれ。2006年に行われた第3期AKB48オーディションに合格し、AKB48では「AKB48選抜総選挙」において上位7位にランクインした元祖“神7”の1人。2012年にシングル「シンクロときめき」でソロデビューし、2014年に「AKB48第6回選抜総選挙」で初の1位を獲得した。2017年11月発表のAKB48通算50枚目の卒業シングル「11月のアンクレット」でセンターを務め、同年いっぱいをもってAKB48を卒業した。卒業後は女優、タレントとして活躍し、2019年にはNHK連続テレビ小説「なつぞら」に出演した。20年5月、芸能界を引退。

ToshikiAoyama 기자 (해외) toshikiaoyama@gmail.com

<저작권자 © 라이브엔 무단전재 및 재배포금지>
default_news_ad4
default_side_ad1
default_side_ad2
default_side_ad3
default_setNet2
default_bottom
#top